16.RK独立党乗っ取り計画

2014年4月 7日 (月)

尚、写真左上に写っている女性の美しい指はNさんのものです。w richardkoshimizu

西口ハルク前での思い出(リチャードコシミズとカルト工作員の仲間たち)
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-17e3.html

 

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尚、写真左上に写っている女性の美しい指はNさんのものです。w

richardkoshimizu
2013/06/22 06:16


独立党のコアな活動にかかわっている人物であればほぼ誰でもわかる女性だからこそ、このコメントになるのです

そしてこの女性はRKの愛人であり独立党を乗っ取った裏社会の中心人物。
ミウラエリカでもなければNYのトレーナーでもない。


2013年9月 1日 (日)

【RK独立党乗っ取り計画】 2.リチャード言説のはじまり②受益者は誰か?

【RK独立党乗っ取り計画】 2.リチャード言説のはじまり①ユダヤ人600万人殺害は本当か?
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/rk-2-7d2f.html

前回の記事で「ユダヤ人600万人殺害は本当か?」というテーマを取り上げました。
そして最後にこう書きました。

ポイントはただ一点。

wikiにも出てくる「通説によれば、ドイツによるホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上とされている」という箇所です。

これがもし嘘であったとしたら、それはいったい誰が何のためについた嘘なのでしょうか?

 

ホロコーストの真実やユダヤ人迫害の歴史などについては、深く考察・検証することはもちろん必要です。その点を蔑にしていいというわけではありません。

紹介した「ホロコースト懐疑論」もその一つですし、反対意見も含めて多くの考察がなされています。(ただしヨーロッパにおいて懐疑論は「反ユダヤ主義」とみなされて逮捕・弾圧といったことがあります)

 

私が「通説によれば、ドイツによるホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上とされている」という一点を強調するのには理由があります。

数十年以上も経過した歴史の事実というのは、究明というより「解釈の論争」に終始せざるを得ません。現実として当時を知る人たちは減りますし、新たな証拠というのも出にくくなります。また科学的な手法が開発されても当時の完全な再現は不可能ですから、ある面で仕方が無いことです。

しかし究明の手法というのは証人や物的証拠などを探すだけではなく別のアプローチが可能です。それはその後の歴史との因果関係について考察をすることです。

第二次世界大戦後、世界中で「ホロコーストによってユダヤ人600万人が殺された」というのは事実として語られてきました。

その結果、その後の世界史はどうなったでしょうか?

 

 

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■ユダヤ人国家イスラエルの建国

これは非常にはっきりとしています。ユダヤ人国家「イスラエル」が建国されたということです。

第二次世界大戦後、世界ではユダヤ人の「シオニズム運動」が急速に強まりました。シオニズム運動とは、神によって約束された土地(エルサレム)にユダヤ国家を再建するための運動です。

 

終戦当時パレスチナにはアラブ人が約130万人、ユダヤ人が約70万人が住んでいました。

(この地域の歴史とトラブル(事件)は長い長いものがありますが、ここでは省きます)

当時この地域を統治していたイギリスは、パレスチナ単独支配(ユダヤ人排除)の方針をとっており、ヨーロッパからのユダヤ人難民の受け入れを拒否します。またシオニズム運動もあって1946年~1948年には凶暴化したユダヤ側のテロ事件が続発しました。

※テロというとアラブの専売特許のように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この時代のテロとはほぼユダヤ人による行為でした。

※アラブ側のテロもありましたが、それはユダヤ側のテロに対する報復として行われました。

 

 

■キング・デイビッド・ホテル爆破事件

1946年6月、イギリス軍は政治組織ユダヤ機関の本拠地とパレスチナ中のユダヤ人入植地25ヵ所の一斉捜査をします。動員数は兵士8万人、警察官2万人で、ユダヤ地下武装組織(延べ2千718人)が逮捕され、留置場に送られました。

これに対する報復措置として、ユダヤ側は1946年7月にキング・デイビッド・ホテル内のイギリス軍司令部を爆破します。この事件ではイギリスの政府高官をはじめ、ユダヤ人やアラブの重要人物が死亡しました。

首謀者は「イルグン」というユダヤ組織で、組織を率いていたメナヘム・ベギンという人物は後にイスラエルの首相(1977年)になっています。

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この事件をきっかけにイギリス側が弱腰となっていき、解決策を国連に委ね、後の国連「パレスチナ分割決議」につながります。パレスチナ分割決議とは、パレスチナの56.5%の土地をユダヤ国家、43.5%の土地をアラブ国家とし、エルサレムを国際管理とするという国連決議181号のことです。

 

パレスチナ問題(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%8A%E5%95%8F%E9%A1%8C

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後にイスラエル首相となるベギン率いるイルグン、シャミル率いるレヒ等のユダヤ人テロ組織のテロと、アメリカの圧力に屈したイギリスは遂に国際連合にこの問題の仲介を委ねた。
ユダヤ人の人口はパレスチナ人口の3分の1に過ぎなかったが、1947年11月29日の国連総会では、パレスチナの56.5%の土地をユダヤ国家、43.5%の土地をアラブ国家とし、
エルサレムを国際管理とするという国連決議181号パレスチナ分割決議が、賛成33・反対13・棄権10で可決された。
この決議は、国内の選挙において、ユダヤ人の投票獲得を目当てにしたアメリカ大統領トルーマンの強烈な圧力によって成立している。
アメリカ、ソ連、フランス、ブラジルなどが賛成し、アラブ諸国が反対した。(イギリスは棄権)イスラエル建国を宣言するベン=グリオン、壁の肖像は「シオニズムの父」テオドール・ヘルツル1948年2月アラブ連盟加盟国は、カイロでイスラエル建国の阻止を決議した。アラブ人によるテロが激化する中、1948年3月アメリカは国連で分割案の支持を撤回し、
パレスチナの国連信託統治の提案をした。1948年4月9日、ユダヤ人テロ組織、イルグン、レヒの混成軍が、
エルサレム近郊のデイル・ヤシーン村で村民の大量虐殺を行い、その話が広まって、恐怖に駆られたパレスチナアラブ人の大量脱出が始まった。
1948年5月イギリスのパレスチナ委任統治が終了し、国連決議181号(通称パレスチナ分割決議)を根拠に、1948年5月14日に独立宣言しイスラエルが誕生した。同時にアラブ連盟5カ国(エジプト・トランスヨルダン・シリア・レバノン・イラク)の大部隊が独立阻止を
目指してパレスチナに進攻し、第一次中東戦争(イスラエル独立戦争、パレスチナ戦争)が起こった。

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■デイル・ヤシーン事件

ユダヤ側は更なる事件(テロ・虐殺行為)を起こします。

デイル・ヤシーン事件(1948・4・9) アラブVSユダヤ
http://www.youtube.com/watch?v=rFQMmvvu2Hw

 

ユダヤ・イスラエル側は「Dプラン」と称するパレスチナ占領計画を企てます。エルサレム街道沿いのカステルをはじめとするパレスチナ人村落の根こそぎ破壊を目的とした「ナチション作戦」も計画の一部です。

メナヘム・ベギン率いる「イルグン」とイツハック・シャミル率いる「シュテルン」の両ユダヤ人テロ組織が、中立を表明していたデイル・ヤシーン村を総攻撃し、無抵抗の254人の男女、子供までが無差別に虐殺しました。

(デイル・ヤシーン村は現在イスラエル領になり、虐殺された犠牲者の土地や財産は、ユダヤ人のものとなっています)

 

中立の村でさえこんな目に合うと知った他の村々のパレスチナ人たちは、ユダヤ移民の凶暴さにパニックに陥リ、それをイスラエル側がさらに煽りたてることによって、大量のアラブ人が家と土地を棄てて逃げだします。この時から大量のパレスチナ難民が発生したのです。

この虐殺事件を指揮したメナヘム・ベギンは「もしデイル・ヤシンの勝利がなければ、イスラエルの国は生まれなかっただろう」と後に語っています。

 

パレスチナでのユダヤ人によるテロや残虐行為の歴史は、ホロコーストでユダヤ人が大量虐殺された話に比べて、圧倒的に語られる機会が少ないのです。その結果「ユダヤ人=迫害の被害者」というイメージだけが人々に刷り込まれ(洗脳)、常に被害者としての立場としてユダヤは語られるようになったのです。

 

 

■イスラエル建国

1948年、ユダヤ側・アラブ側ともにテロ合戦が激化する中、ついに5月14日にイスラエルが建国宣言をします。初代主張はベングリオン。

しかし平和的解決ではなかったこともあり、このまま第一次中東戦争が始まります。

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■世論を誘導した「ホロコースト」

パレスチナ問題というのは、簡単にいえばユダヤ人がアラブ人(パレスチナ)から土地と富を奪い、武力(テロと虐殺)によって国家を樹立したことです。

一方的にとまでは言いませんが、かなりの割合でユダヤ人の行為に問題があるのです。

 

ところが当時の世論は「仕方がない」というものでした。

ユダヤ人が自分たちの国家樹立を目指すことについて、過去における迫害の歴史からすれば「仕方がない」「心情や主張は理解できる」「ユダヤ国家をつくらなければユダヤ人が安心して住めない」というものが世界を支配していました。

なぜかといえば「ホロコーストで600万人が犠牲になった」という話が事実として語られていたため、その免罪符として「イスラエル建国はやむを得ない」と世界中が思ったからです。

 

はっきりと言えば「ホロコーストで600万人が犠牲になった」という話が無ければ、ユダヤのテロ・虐殺行為によるイスラエル建国は世界から承認されることは無かったはずです。そしてユダヤ人によるパレスチナでのテロ・虐殺行為は世界中の非難の的となったはずです。

 

  

■ホロコースト=ユダヤによるイスラエル建国のための嘘

イスラエル建国が認められたかどうか・・・これは戦後の歴史において最も重要なことです。

世界大戦では世界中の地域で犠牲者が出ました。また同時に加害者も生みました。これは明確に分けることはできません。日本も多数の犠牲者がでましたが、同時に殺害行為も行いました。

その中でユダヤ人だけが「絶対的被害者」として扱われ、その後のテロ・虐殺行為の正当化~イスラエル建国という益を得ることについて疑問がないでしょうか?

そしてもし「ホロコーストで600万人が犠牲になった」という話が嘘だったとしたら、当然ながら受益者であるユダヤ人がついたものであると考えられないでしょうか。理由はもちろんイスラエル建国のためです。

 

 

●600万人虐殺という説に疑わしい面がある

●ユダヤ人が行ったテロ・虐殺によるイスラエル建国が世界で認められた経緯と深い関係がある

この2点から「ホロコースト=ユダヤによるイスラエル建国のための嘘だったのではないか」という仮説が始まります。

この仮説に即して日本や世界の歴史を見直すと、今まで気がつかなかった(隠された)新たな面が見えてくる。

それがリチャード言説のはじまりです。

 

 

(続く)

2013年8月25日 (日)

【RK独立党乗っ取り計画】 2.リチャード言説のはじまり①ユダヤ人600万人殺害は本当か?

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2006年8月11日 ワールドフォーラム出演動画
http://www.youtube.com/watch?v=i0Z7PAnJCf0&feature=BFa&list=PL2B69717C4CDA7D95&index=1

 

 

まず冒頭で「私の周囲では、ありとあらえる悪意・憎悪・脅迫・恫喝が渦巻いています。ストーカー行為もあります。ネット上では毎日たたかれています」と発言しています。

 

 

■ダビデの星入りの脅迫状

この時点でリチャード氏は既にユダヤ組織から2通メール受け取っています。

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一通目
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
親愛なるコシミズ氏へ。こちらは秘密のユダヤ人同盟である。
私たちの活動に関してあなたが持つ知識の公開を差し止め、撤回することを要求する。
あなたのウェブサイトの公開内容が当方のトップ・シークレットに関る危険な情報源になっていると、私達の当局の多くが指摘している。
そしてもしあなたが高位の政治家やその他の隠れユダヤ人に関する情報を取り下げない場合、あなたに対して行動を起こすであろう。
しかしながら、あなたの卓越した解析能力はあなたの周囲の人物を凌駕するものであり、我々を驚かせた。
恐らくあなたにとってこちら側にこ寝返り、CJA(ユダヤ人の秘密組織)のために働くのは悪くないアイディアであろう。
そうすればあなたはロックフェラーやヒットラーのような贅沢な生活を送ることができる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

二通目
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
我々は非常に神経質になっていたが、貴殿がいかに無力で脆弱であるか分かっていなかった。
我々は貴殿に対して我々の仲間に加わるように求めた提案のすべてを取り消す。
心配することはない。貴殿を抹殺することは、その死因に余計な関心が集まると判断した。
貴殿は残りの人生をまったく無名のまま過ごすことになる。それが我々にとっても最良のことである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

■隠れユダヤ人

この言葉を全く聞いたことが無い方もいらっしゃるかもしれません。この「隠れユダヤ人」こそが、様々なものを読み解くキーワードなのです。リチャード氏もこの講演でそう述べています。

 

リチャード氏の講演内容とは順序が違いますが、まず「ユダヤ」について話をはじめたいと思います。

 

 

■ユダヤ人600万人殺害は本当か?

一般的にユダヤで連想するのが「ドイツによるホロコースト」だと思います。

 

ホロコースト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1930年代から1940年代にかけてのナチス政権下のドイツ国内及び第二次世界大戦中ドイツに占領されたヨーロッパの国々において、ユダヤ系市民は差別迫害を受けた。こうした第二次世界大戦中のユダヤ人の歴史について、戦後、ニュルンベルク裁判は、「ドイツはユダヤ系市民をただ、ユダヤ人であるというだけの理由で絶滅しようと計画した」と事実認定し、これを「人道に対する罪」と見なした。更に、同裁判とそれに続いて行なわれた西ドイツでの裁判その他において、そうした民族絶滅計画の手段として、ドイツは収容所に処刑用ガス室を作り、一酸化炭素や青酸ガスによってユダヤ人の大量殺人を行なった、等の事実認定がなされた。

 

これらの戦後の法廷での事実認定を基に、ジェラルド・ライトリンガー(ドイツ語版、英語版)、ラウル・ヒルバーグ、ウィリアム・シャイラー、等の歴史家が、体系的な記述を行ない、この時代のユダヤ人の運命についての通説が確立された。それが、1970年代後半、アメリカで、テレビドラマ『ホロコースト 戦争と家族』が製作され、ドイツを含む多くの国々で放送された結果、第二次世界大戦中のドイツによるユダヤ人迫害、特に民族絶滅政策の実行の過程を「ホロコースト」と呼ぶことが定着した。(ただし、ユダヤ教徒の中には、神聖な儀式である「ホロコースト」の語をドイツのユダヤ人迫害を指す言葉として使用することを批判する声もある。)

 

「ホロコースト」という名称は、大戦中から大戦後しばらくの間、ユダヤ人の間で、「ドイツはユダヤ人を生きたまま火の中に投げ入れて焼き殺している」との言説が広く信じられたことを起源に持つ。これは、エリ・ヴィーゼルの回想録『夜』で確認できるが、戦後長い間、「ホロコースト」という言葉は「火事」の意味でしか一般には通用しておらず、例えばアルフレッド・ヒッチコックの映画『北北西に進路を取れ』では劇中タンクローリーの炎上事故を伝える新聞の見出しで「Holocaust」という言葉が使われていた。現在は、教科書にも載っているが、『夜と霧』などの旧来から存在する書籍に「ホロコースト」と言う語が見られないのは、こうした事情による。

 

通説によれば、ドイツによるホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上とされている。それ以外にもロマ人、スラブ民族(主に戦争捕虜)、共産主義者、ポーランド人、身体障害者、同性愛者なども迫害され大量に殺害されたとされるが、「ホロコースト」と言う語はユダヤ人を対象にした大量殺害を指して使われるのが普通で、ユダヤ人の中には、この語を他の民族にも拡大して使用することに反発する個人・団体がある。

 

また、それらの行為を認定したニュルンベルク裁判自体が近代刑法における原則である法の不遡及を守らず、被告の控訴も認めず処刑し、中立的であるはずの裁判官が全員連合国から選出され、また、本来は全員が枢軸国側から選出されるはずの弁護団も連合国側から選出されるなど、最初から恣意的な裁判審理手続きを定めた裁判は、近代法に基づく裁判とはかけ離れており、現在のドイツ政府ですら、ニュルンベルク裁判を認めるいかなる条約も結んでいない。こうしたやり方の認定にどの程度信憑性があるのか、歴史学者の間で議論が続けられている。

 

こうした歴史について、ドイツがユダヤ人を差別迫害したこと自体は認めながら、通説の見解に疑問を投げ掛ける者もあるが、以下には、通説の見解を要約して述べることとする。(通説への異論については、ホロコースト否認の項を参照のこと。)

まず、ホロコーストの犠牲者の数には諸説あるが、900万から1100万人にのぼるとも考えられている。

 

ナチス政権下のドイツによる迫害と殺戮は段階的に行われた。まず、第二次世界大戦の開始より数年前に、ドイツ国内でユダヤ人を社会から除外する法律が制定された。次に強制収容所が建設され、ほぼ全ての犠牲者はそこで死ぬまで強制労働をさせられている。ドイツは東ヨーロッパで新たな領土を占領するたびに、アインザッツグルッペン(de:Einsatzgruppen)と呼ばれる特殊機動隊を使って、ユダヤ人や抵抗勢力を公開銃殺刑にしている。

 

現在のドイツ・フランス・ポーランド・ポルトガル・チェコなどのヨーロッパ諸国において、ホロコーストの否定は刑事罰の対象になる。特に加害者であるドイツでは3ヶ月以上5年以下の懲役刑、被害が最も大きかったポーランドでは罰金または3年以下の懲役刑になるなど、社会的にも最大のタブーとされている。ポーランドではユダヤ人総人口の9割がホロコーストで死滅したとされている。

 

その一方で、イスラエルと対立する一部のイスラム世界等、直接ホロコーストに関わっていない国や地域においては、「第二次世界大戦中に米英とシオニストの流したプロパガンダに過ぎない」として、これを認めないこともある。当時の公式文書や大量殺戮のためのガス室が発見されていないこと、またニュルンベルク裁判でのヘルマン・ゲーリング以下の被告が、虐殺があったことは間違いないだろうが自分たちは大量虐殺に関与していないし、そんな事実も知らなかったとして無罪を主張していたことなどが傍証として挙げられている。特に、ヒトラーに次ぐ国家的地位にいたヘルマン・ゲーリング国家元帥による「ヒトラー自身もこのような虐殺を知らなかった」とのニュルンベルク裁判の証言が存在する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第二次世界大戦でユダヤ人はドイツ(ナチス)によって600万人殺されたというのが一般の知識(常識)です。私も子供時代そう教わりました。

その象徴でもある「アウシュビッツのガス室」の写真や虐殺風景の写真も見ました。そして「アンネの日記」はホロコーストの事実を伝える普遍的ベストセラーです。

 

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アンネの日記
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E8%A8%98

 

私もずっとこれらが事実だと思っていました。

 

 

■マルコポーロ事件

1995年、出版界で「マルコポーロ事件」というのが起こります。

マルコポーロ事件とは、このホロコーストに対して疑問を投げかけた記事(西岡昌紀の寄稿)を雑誌マルコポーロ(文藝春秋)に掲載したところ、アメリカのユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターなどからの抗議を受けて廃刊に追い込まれ、また当時の社長や編集長が辞任解任された事件です。

 

ナチ「ガス室」はなかった。(マルコポーロ)
http://www7.plala.or.jp/nsjap/marco/marco0.html

Marco0

 

マルコポーロ事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

西岡昌紀
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B2%A1%E6%98%8C%E7%B4%80

 

 

西岡氏の主張は概ねこうです。(wikiより)

1.ナチスドイツがユダヤ人を差別迫害したことは明白である。

2.しかし、そのドイツと言えど、彼らが、ユダヤ人をただユダヤ人であると言うだけの理由で「絶滅」しようとまでしたとする戦後の主張には証拠が欠けている。

3.特に、そのような「絶滅計画」の手段として用いられたとされる処刑用ガス室が存在した証拠は全く無い。

4.収容所でユダヤ人が大量死した悲劇の真の理由は発疹チフスをはじめとする病死である。

5.それを連合国は、ガス室による殺害の結果であったかのように宣伝した。 

 

 

私は当時、雑誌が文藝春秋だったこともあり単なる「右翼思想のトンデモ論」だと思いました。しかしそこでちょっとした疑問が湧いたのです。それが「殺害されたユダヤ人は600万人」という点です。

 

第二次世界大戦とは、1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻と続くソ連軍による侵攻~1941年12月の日本と米英との開戦~1945年8月までの6年間です。ドイツによるホロコーストがこの間のどれぐらいの期間行われたのかはわかりませんが、仮に5年間(約1800日)と仮定します。

600万人を1800日で殺害(主には収容所において)するには、一日あたり約3300人[600万人÷1800日]を殺し続けなければなりません。これは5年間ひたすら毎日3300人を殺し続けて達成できる数字なのです。

 

ガス室で殺害する場合、このような手順になります。

①嫌がる囚人を強制的にガス室に連れていく

②ガスで殺害する

③排気する

④死体を運び出す

⑤死体を焼却する

一日に11時間実行したとして、時間当たり約300人。しかしこれは①~⑤が1時間で完了すると仮定しての話です。

ガスは殺す瞬間だけ考えれば大量虐殺に向くような気がします。ところが排気をしないと人が入れないという問題があります。そして排気はまわりに影響が無いように完璧に行う必要があります。

何より④死体を運び出すのが手間です。300もの遺体を運び出すのに、どのぐらいの人手と時間が必要でしょうか?ガス室から運び出すには人海戦術です。それだけでも1時間では足りないでしょう。

 

こう考えていくと、「ガス室」というのは大量虐殺には全く向かない方法なのです。

 

アウシュビッツのガス室の不思議はいくつも指摘されています。

●ガス投入口が無い(後からそれらしきものがつけられた形跡がある)

●密閉性が無い(ガスが漏れてしまう構造では、ドイツ人兵士も死んでしまう)

●ガラス窓がある(ガスで苦しむ人が割って逃げられるようなものがあるわけがない)

●大量に処理できるほどのキャパシティが無い上に、構造も不便である。(特に死体運搬などを考えると、とてもやりにくい構造になっている)

などです。

 

ホロコーストについては先の西岡昌紀氏の著書、そしてベースとなった木村愛二氏の著書をご紹介します。

 

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アウシュウィッツ「ガス室」の真実―本当の悲劇は何だったのか? 西岡昌紀
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%80%8C%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%AE%A4%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E2%80%95%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%A5%BF%E5%B2%A1-%E6%98%8C%E7%B4%80/dp/4817403934/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1377416325&sr=1-1

 

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アウシュヴィッツの争点 木村愛二
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%81%AE%E4%BA%89%E7%82%B9-Pol%E3%80%93mica-%E6%9C%A8%E6%9D%91-%E6%84%9B%E4%BA%8C/dp/4947637331

<Web無料公開>
http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus-1.html

 

 

今回はホロコーストの定義や詳細についての掘り下げは長くなるので割愛します。

ポイントはただ一点。

wikiにも出てくる「通説によれば、ドイツによるホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上とされている」という箇所です。

これがもし嘘であったとしたら、それはいったい誰が何のためについた嘘なのでしょうか?

 

(続く) 

 

2013年8月21日 (水)

【RK独立党乗っ取り計画】 1.黎明期から動画デビューへ

リチャード氏にとって一番のエポックメーキングは、やはりジャーナリストデビューともいえる2006年8月のワールドフォーラム出演でしょう。これを皮切りに講演会開催、独立党(リチャード氏の後援会)結成、出版という活動が怒涛のように始まります。

 

ワールドフォーラム
http://worldforum.jp/

 

2006年以前までの約10年、リチャード氏はほぼ一人で裏社会と戦ってきました。ジャーナリストを名乗ったのは2006年8月より後で、それまでの活動の主たるものは匿名による掲示板への書き込みが中心だったようです。私は勝手に黎明期と名付けています。

 

Photo

 

入口
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/kok_website/iriguchi.htm

TOTAL INDEX PAGE
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/kok_website/fireworks4/totalindexpage.htm

新聞もテレビも真実を伝えない時代に生きるために
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/sinbunterebiiranaiyo.htm

richardkoshimizu阿修羅発言集
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/ashurahatugen.htm

 

 

 

はっきりとしている事実があります。

①リチャードコシミズ独立党が乗っ取られたこと

②リチャードコシミズ独立党は乗っ取られるだけの価値があったこと

 

リチャード氏は現在不正選挙を追求しており、これが裏社会にとって脅威なのだと発言していますが、これは明らかに間違いです。不正選挙とは裏社会による「リチャードコシミズ狂人化計画」の材料であり、ガセネタなのです。残念ながらリチャード氏はまんまと嵌まってしまいました。

 

リチャード氏は講演などで「自分もB層だった」話している通り、普通の人生を歩んでいました。今の活動を始めるきっかけは勤務先で起こった「創価による保険金殺人事件」で、更にはそれに関連しての「オウム真理教とのつながり」です。当時勤めていた「ムサシノ機械」「アーテック」という企業でのことです。

※この件についてはリチャード・コシミズ第四作 「第三集・世界の闇を語る父と子の会話集」に、「小説・魔界」として書かれています。

第三集・世界の闇を語る父と子の会話集
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/propaganda_4saku.htm

 

 

黎明期(2006年8月以前)についての考察は一端おいておき、まずは動画デビューでどのような話をしたのか。ここから始めたいと思います。

 

Thum_fr8

2006年8月11日 ワールドフォーラム出演動画
http://www.youtube.com/watch?v=i0Z7PAnJCf0&feature=BFa&list=PL2B69717C4CDA7D95&index=1

 

(続く)

 

 

2013年8月20日 (火)

【RK独立党乗っ取り計画】 序章

Dokuritsutou

 

 

8月20日火曜日は、先般行われた第23回参議院選挙の提訴期限日です。

 

リチャード氏は7月27日高松講演会で「リチャードコシミズ独立党が中心となって(しかも自分が認めた人間だけ)訴訟を行う」と宣言しましたが、僅か数日で撤回しました。

方針を「全国同時多発不正選挙訴訟」(リチャード氏によれば犬丸勝子氏の発案だそうです)に転換し、リチャード氏自身は原告にはならず、有志による訴訟を推奨。既に数件の訴状提出がなされ、また本日期限日にも訴状提出があるようです。

※名古屋と福岡は既に提出されたと8月17日の下関講演会で話がありました

※自分もどこかの訴状に名を連ねてもいいという記事や発言もあるので、最終的には原告になる可能性は残っていますが、自分から積極的に提訴しないということのようです。

 

藤島氏ではありませんが、訴訟を提起することは国民の権利です。そのことはかまいません。ただし勝つために訴訟をするのではなく「同時多発で騒ぎ、裏社会を困らす」という主旨とのことです。即ち、人を説得できるようなものは何もないということです。

 

選挙に対する知識・考察については、出来うる限りのことを既にこのブログで書いてきました。人の話を聞かない頑固さ(本人談)らしいので、殆ど読んでいただいてはいないようですが、独立党員(リチャード氏の後援会の一人)として、きちんと役割を果たしたと思っています。

 

選挙裁判は俗に言う「百日裁判」です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%97%A5%E8%A3%81%E5%88%A4

判決までの時間を「100日以内に」とされていることからこう呼ばれ、延々と長く続けられることはありません。(ただし、最高裁へ上告した場合は別です)

本日までに提訴された事件も約三か月で判決がでます。誰がどのような提訴をするのかは明らかになっていませんが、「途中経過を公開して騒ぐのが目的」ということなので、何れわかると思います。

 

裁判の行方についてはきちんと見ていきたいと思います。ただし不正選挙疑惑の内容については「疑いにすらならないレベルのもの」しかなく、またこの半年で書いてきたことと重複するため、重要な点以外は繰返し記事を書きません。興味がある方は過去の記事をお読みください。

 

 

 

さて、

リチャードコシミズ独立党は乗っ取られました。これは純然たる事実です。

 

リチャード氏がヘタれだからなのか、クスリを盛られたからなのか、金で雁字搦めにされたからなのかの真偽はわかりません。しかしリチャード氏が真実追求路線から脱線し、裏社会のトラップ(不正選挙」というガセネタ)から抜け出せない以上、この事実を認めざるを得ません。

小松菜も八百万の神も通用しなかったのです。

 

 

このブログの目的は「日本の真の独立」です。リチャードコシミズ独立党が乗っ取られた事実・内容を明らかにしていくことは正しくそのための戦いです。

リチャードコシミズ独立党はどのようにして乗っ取られてのか?またなぜ乗っ取りのターゲットになったのか。

このテーマ<戦い>は勝つまで続きます。

 

 

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