選挙制度考③一票の格差だけを主張する人々
②の記事でも書きましたが「一票の格差」とは選挙制度の一テーマにすぎません。「一票の格差」による民意の捻じれを解消しても、その後の選挙結果→議員数で民意が捻じれては何も意味がないからです。
ところがあたかも「一票の格差」だけが問題だと主張する人々がいます。
一票の格差裁判を繰り返す弁護士グループ(原告団+マスコミ)です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「1票の格差」違憲状態で衆院選無効…一斉提訴
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2012/news/national/20121217-OYT1T01525.htm
最高裁が「違憲状態」とした選挙区割りのまま行われた今回の衆院選は違憲だとして、二つの弁護士グループが17日、27選挙区の選挙無効(やり直し)を求めて全国の8高裁・6支部に一斉提訴した。
前回の2009年衆院選を巡る訴訟では、高裁で「違憲」や「違憲状態」の判決が相次いでおり、早ければ来春にも出そろう各高裁の判断が注目される。
「1票の格差」が最大2・30倍だった前回衆院選について、最高裁は昨年3月、小選挙区の定数を各都道府県にまず1議席ずつ配分して、残りを人口比で割り振る「1人別枠方式」が格差を生む原因だと指摘し、同方式の廃止を求めた。
これを受け、同方式の廃止と格差を是正する「0増5減」を盛り込んだ選挙制度改革法が、衆院解散した11月16日に成立した。しかし、区割りを見直す時間はなく、衆院選は違憲状態のまま行われ、最大格差も2・43倍に拡大した。
提訴後に記者会見した代理人の升永英俊弁護士は「違憲状態の選挙で選ばれた議員が法律を作り、首相を選ぶのは許されない」と批判。選挙制度改革法の成立について、代理人の久保利英明弁護士は「今回の選挙には反映されておらず、評価に値しない。裁判所は(選挙までに)是正しなかった国会の責任を追及し、無効を言い渡すべきだ」と指摘した。
今回の訴訟のポイントは、最高裁が違憲状態と指摘してから、国会が1年以上も格差を是正しなかったことを、裁判所がどう評価するかだ。今回と同様に違憲状態のまま行われた1983年衆院選について、最高裁は「違憲」とした。ただ、この時は違憲状態とした判決の直後に解散されたことなどを考慮し、選挙無効は回避した。
(2012年12月18日00時01分 読売新聞)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
下の表はWikiにある一票の格差裁判と最高裁判決の一覧です。
最初の1972年衆院選4.99倍は「いくらなんでも」ということがありますから、提訴も違憲判決も素晴らしい成果だったと思います。
その後解消する手立てによって徐々に格差は縮まります。
1990年(平成2年)第39回衆議院選挙の3.18倍が「違憲状態」となり、衆議院は「3倍以下」が目安になります。
1996年(平成8年)には小選挙区制が導入され、格差もさらに縮まります。
ところがその後も裁判は続きます。
一票の格差がどのような数字であっても提訴し続けているのです。
そして2009年(平成21年)第45回衆議院選挙の2.30倍に「違憲状態」判決がでます。
この提訴を続ける人はいったいいつまでやるのでしょうか?
それにあわせて最高裁は、どの水準まで「違憲状態」判決を出すのでしょうか?
私は繰り返される訴訟と「違憲状態」判決は裏社会演出の出来レースだと考えます。
(詳しくは次回以降に)
<次回に続く>
選挙制度考①一票の格差問題
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-70da.html
選挙制度考②「一票の価値の格差」を是正することだけが平等で重要なのか?
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-1061.html
« 不正選挙原告詐欺団主犯格・猫旅館女将さん(丸子睦美)のコメント集⑦ | トップページ | 誰も選べない選挙<西東京市長選> »
コメント
« 不正選挙原告詐欺団主犯格・猫旅館女将さん(丸子睦美)のコメント集⑦ | トップページ | 誰も選べない選挙<西東京市長選> »


一票の格差についてのニュース報道をよく見ますが、いつも抱く疑問があります。
1、なぜ2倍を基準にするのでしょうか?誰が決めたのですか?本当に投票の価値の平等を求めるのであれば1倍を目指すべきです。
2、何のために目指すのでしょうか?単なる国会議員を選ぶための価値でしょうか?選挙とは自分の意見を実現化してもらうために代わりになる人を選ぶものです。ところが現実は信任投票のようになっていて、自分がえらんだ議員が何を言い出しても”選ばれたから国民の代弁者です”ということになっています。国会議員を選ぶ価値を同じにしようというのであれば、もし投票の価値が1倍になったとしたらそれでいいのでょうか?否。投票とは自分がこうしなったらいいなと思うことを実現するために行うものです。であれば単なる国会議員を選ぶためだけの平等を求めるのではなく、政治を行ううえでの影響力の平等を求めるべきでしょう。それが政治的平等というものです。
報道を見ても単に数字を追って、国会議員を選ぶことを目的にしてその価値だけを問題にしています。しかし、たとえば二人の国会議員がいて、一人は田舎出身で5万票で当選、かたや首都圏の選挙区で20万票で当選したとします。支える国民の数は4倍違います。しかし国会での投票はどちらも1票です。すると政策決定の価値ということで首都圏の有権者の1票の価値は、田舎の1/4になってしまいます。それこそが問題です。
それを正す方法はただひとつです。国会の議決で国会議員が持っている票の数を変えることです。仮に獲得した票の数だけ議決権をもたせれば、田舎出身の議員の投票は5万票しか価値がなく、首都圏選出の議員は20万票の価値があることになり、国民の政策決定にかかわる1票の価値は平等になります。
そのような根本的なことをまったく考えないでただいたずらに数あわせだけを考える主張にはまったく賛同できません。
もし先ほどのようにしたとしたら何が起こるのか?田舎選出の議員の発言権は薄くなります。しかし、現実的にすでに都会中心になっているのですからまったく現実とは変わりません。
国家議員になることだけが目的の政治屋さんが、なりやすい田舎に落下傘候補で当選しても少ない票数しか獲得できなくて発言権が少ないことを選ぶか、本当に志を持っている人が、多くの得票数を得なければ当選できない大都市圏で立候補して、政策決定にかかわる真の力を獲得するかを考えることになるでしょう。
党議拘束や当選回数なんていうくだらないことにはしばられない、国会議員の本当の力量に応じた委任ができるのではないでしょうか?
比例代表の票数をどう割り振りするかなど、実際に考えなければならないことは多いと思いますが、このやりかたが一番単純です。
なお、もし現状のままであっても政治的平等は全く犯されていないと思います。なぜならば日本国民には移住の自由が認められていますから。いやなら引っ越せばいいのですから。現時的に引っ越せるかどうかの問題と、法理的な問題をごっちゃにしているのが、いわゆる1票の価値の議論です。法律的に縛るものがないのですから自由なのですよ。
それがわたしがこの議論を全く意味のないものだと思う原因です。
私たちは現実に生きています。学者の理屈なんかどうでもいいのです。現実に即した議論をお願います。
投稿: しゅん | 2015年6月10日 (水) 20時02分
しゅん さん
コメントありがとうございます。
①本当に投票の価値の平等を求めるのであれば1倍を目指すべきです。
このシリーズで私も書いていますが、1倍にするには「全国一区」しかありません。衆院なら1億人で475人を選びます。
しかしこれは「5千万票で当選(50%得票率)」と「1万票で当選(0.01%得票率)」というようなことが生じる可能性があります。
両者の差は50000倍でしすがどちらも議会で一票ですから、民意は捻じれていると言えます。
「一票の格差を無くすこと」と「民意が反映すること」とは何の関係もないのです。
②であれば単なる国会議員を選ぶためだけの平等を求めるのではなく、政治を行ううえでの影響力の平等を求めるべきでしょう。それが政治的平等というものです。
「影響力の平等」って何でしょうか?影響力をどうやって可視化するのでしょうか?
一人一票ではなく影響力とやらによって一票に差を(恣意的に)つけることを平等だと本気で思っているのでしょうか?
③一人は田舎出身で5万票で当選、かたや首都圏の選挙区で20万票で当選したとします。支える国民の数は4倍違います。しかし国会での投票はどちらも1票です。
多くの得票数を得なければ当選できない大都市圏
これはあなたの理解が完全に間違ってます。
「首都圏の選挙区」が多いというのは単純に抱きやすいイメージですが、当選票数は立候補者数に大きく影響されます。
2人で1議席を争う場合と、10人で1議席を争う場合は当選する得票数ラインは変わります。
相手関係(立候補者数)はコントロールできませんから、「当選票数」を訴状に上げて議論するのは間違いです。
④そのような根本的なことをまったく考えないでただいたずらに数あわせだけを考える主張にはまったく賛同できません。
もし先ほどのようにしたとしたら何が起こるのか?田舎選出の議員の発言権は薄くなります。しかし、現実的にすでに都会中心になっているのですからまったく現実とは変わりません。
繰り返しますがこれは完全に間違っています。
それに「田舎選出の議員の発言権は薄くなります」とは何でしょう?議会で投票する議員の1票の価値は同じでなくてはならないはずです。
⑤国家議員になることだけが目的の政治屋さんが、なりやすい田舎に落下傘候補で当選しても少ない票数しか獲得できなくて発言権が少ないことを選ぶか、本当に志を持っている人が、多くの得票数を得なければ当選できない大都市圏で立候補して、政策決定にかかわる真の力を獲得するかを考えることになるでしょう。
繰り返しますが、田舎が「当選しやすい」「発言権が少ない」、都市圏が「多くの得票数を得なければ当選できない」ということは間違いですし、志がどうであろうが被選挙権をもった人がどの地区で立候補しようが認められている範囲内では自由ですし制限することはできません。
「政策決定にかかわる真の力」という可視化できない恣意的な基準をどうやって制度化するのですか?そんなことができるのですか?
それから「志を持った政治家」と「国家議員になることだけが目的の政治屋」をどうやって区分しているのですか?誰もが納得できる区分基準と具体例を出せますか?
⑥党議拘束や当選回数なんていうくだらないことにはしばられない、国会議員の本当の力量に応じた委任ができるのではないでしょうか?
党議拘束や当選回数がくだらないといのはあなたの考え方であって、縛られずに投票したい人に一票を投じているのであれば問題ありません。
同時に党議拘束や当選回数を基準に投票するのも自由だし、あなたの言うところの志ではなく政治屋に当選してもらいたいと一票を投じるのも自由です。
あなたはご自分でいい提言?をなされていると思っているのかもしれませんが、結局は「自由を奪って制限しろ」と言っていうことがお分かりになりませんか?
あと「国会議員の本当の力量」って何ですか?誰もが納得できる判断基準と具体例を出せますか?
⑦なお、もし現状のままであっても政治的平等は全く犯されていないと思います。なぜならば日本国民には移住の自由が認められていますから。いやなら引っ越せばいいのですから。
話が無茶苦茶です。
「居住場所が自由に選べる」ということを理由にして「問題なし」とするなら、どんなに不平等な制度でも全く問題が無いということになります。
⑧私たちは現実に生きています。学者の理屈なんかどうでもいいのです。現実に即した議論をお願います。
誰に何を言っているのでしょうか?意味不明です。
しゅんさんはご自分が「正しく真っ当なことを発言している」と自信がおありなのでしょうが、はっきり申し上げれば「独り善がりの馬さん鹿さん」です。
もう少し勉強してご自分を見直されることをおススメします。
投稿: cocologh09 | 2015年6月11日 (木) 10時24分