« 民主党代表・岡田克也という男② | トップページ | 民主党代表・岡田克也という男④ »

2015年9月27日 (日)

民主党代表・岡田克也という男③

共産党の選挙協力提案をあっさりと断った民主党の岡田代表ですが、もともと共産党の無茶ぶりパフォーマンスでもあり、更には断ることを事前に両者で下打ち合わせしていた可能性が非常に高く、その意味においては当然のことでした。

 

 

少し違った見方をしてみます。

 

もし岡田氏自身が「共産党票を得られずに小選挙区で惜敗した民主党議員」の立場だったらどうでしょうか?

 

岡田氏自身がその立場にないことは②の記事に書きましたが、民主党内には小選挙区で共産党や第三極に票を奪われ、人気が全く回復していない自公に議席を明け渡した議員が大勢います。彼らにとってみれば主義主張が合わないといわれる相手であっても、選挙協力できる道はないかと考えても不思議はありません。

・・・自民党と公明党だって手を結んだのだから民主党と共産党だって・・・それに実態はどちらも左翼カルト(SEALDs奥田愛基氏の起用を見ても明らかです)だし・・・

 

 

「民主王国」「自民も重視している選挙区だが岡田(克也?家?)の存在は大きい」「無風区」とwikiに書かれている、岡田氏の選挙区である三重3区の直近2回(ともに民主党大敗だった選挙)で確認します。

 

34647

 
第46回(2012年)衆議院議員総選挙 三重県第3区
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当 岡田克也 59 民主党 前 126,679票 64.1%  ○
落 桜井宏 56 自由民主党 新 54,903票 27.8%  ○
落 釜井敏行 30 日本共産党 新 16,009票 8.1%
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

第47回(2014年)衆議院議員総選挙 三重県第3区
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当 岡田克也 61 民主党 前 120,950票 64.0%  ○
落 嶋田幸司 40 自由民主党 新 53,659票 28.4%  ○
落 釜井敏行 32 日本共産党 新 14,293票 7.6%
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なるほど。確かに民主大敗の状況でも小選挙区では岡田氏が圧倒的な得票で勝っています。

しかし・・・あれれれ?どちらの選挙でも、対立する自民党候補者に「公明党の推薦」がありませんね???

 

 

■「戦略上、自由民主党もこの選挙区を重視」は平田氏まで?

 

あまりよく知られてませんが、岡田氏が政界入りしたのは中選挙区時代に自民党竹下派の候補者として出馬したことがきっかけです。

 

岡田克也
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E5%85%8B%E4%B9%9F
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
政界入り
桑名市と四日市市を地盤としていた竹下派所属の山本幸雄の後継者として出馬をした。竹下登と財界との関係で繋がりが深かった父の岡田卓也を通じて打診、克也が「やってもいい」と意欲を見せたことで自由民主党竹下派の新人候補として出馬に至った[8]。

1988年(昭和63年)7月に大臣官房総務課の企画調査官を務めたのを最後に通産省を退官した。36歳の若さで中選挙区の三重1区から1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に出馬した。滑り込みの4位であったが当選した。選挙結果である当選順位は、同じ自民党所属の北川正恭(三塚派所属で2位の110384票)と川崎二郎(宮沢派所属で3位の105183票)より得票数が少ない97290票で、自民党候補では最下位であった。中選挙区制度では他の自民党候補との競争や労組出身の伊藤忠治に勝てずに自分が選挙に強くない事を実感した。

自民党離党後に新生党から出馬して、新党ブームで無党派層の支持を得た。1993年(平成5年)の第40回衆議院議員総選挙ではトップ当選をした。新進党と民主党で一貫して唱えた二大政党制を推進する小選挙区制が有利に働いて、強力な地盤が形成されて、三重3区で大差で連続当選している。

自民党時代は、当初経世会(竹下派)に所属していたが、東京佐川急便事件で竹下派が分裂すると羽田派(改革フォーラム21)に所属した。羽田孜、後藤田正晴らと共に政治改革を訴え、若手国会議員の代表格として頭角を現していく。

(後略)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

自民党離党後、第41回衆議院議員総選挙(これは小選挙区制度ではじめておこなわれた選挙)では新進党から三重県第3区に立候補して当選します。新進党とは自民党・社会党・さきがけの連立政権に対抗するために新生党・公明党・民社党・日本新党・自由改革連合が集まった政党です。

新進党
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E9%80%B2%E5%85%9A

 

新進党はその後公明党が離脱し、1999年には自公政権が樹立。自公の蜜月は2009年~2012年の民主党政権を挟み、現在へと続いています。

 

自公連立政権
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%85%AC%E9%80%A3%E7%AB%8B%E6%94%BF%E6%A8%A9

 

岡田氏は第42回(2000年)~第47回(2014年)の6回、民党候補者として三重3区に出馬し、自民党候補者に勝ち続けてきました。

このうち(2000年)~第45回(2009年)の相手は平田耕一氏でした。Wikiにはありませんが、平田氏には2005年、2009年と公明党の推薦があったようです。

 

平田耕一
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E8%80%95%E4%B8%80

2009年・公明、比例15人を公認…自民128人も追加推薦
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090806-OYT1T00970.htm

2005年・比例区当選者 東海ブロック
http://www.asahi.com/senkyo2005/carta/A24003002.html

 

2009年の選挙で大敗をする自民党ですが、平田氏もまた三重3区で厳しい結果となりました。平田氏はその後2010年の参院選に出馬しますが落選して引退をします。そして2012年、2014年の候補者はこの二人です。

 

桜井宏
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E5%AE%8F_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6)

嶋田幸司
http://shimada-kouji.com/

 

この2人に共通するのは平田氏と違い公明党の推薦がなかったことです。

 

(続く)

« 民主党代表・岡田克也という男② | トップページ | 民主党代表・岡田克也という男④ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 民主党代表・岡田克也という男② | トップページ | 民主党代表・岡田克也という男④ »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想